
こもだ先生奮闘の記
小学生日記
アメリカに住んでいた'90年代、私は小学校の先生だった。
キラキラ光る瞳と、好奇心いっぱいのまなざしに囲まれて過ごした日々。
君たちとの思い出は、私の一生の宝となりました。
私が住んでいたアメリカ合衆国オレゴン州ポートランドは
すばらしい自然に囲まれた、アメリカでも一番美しいと言われている町
同じ西海岸といっても、
サンフランシスコやロサンゼルスのように
メジャーではないだけに人口も多くはなく、
ダウンタウンから10分も走れば、緑豊かな森に行ける町。
あるいは、
心からくつろげるリゾート地のような太平洋の砂浜にも、
車で1時間半くらい走れば行ける町。
町には市電が走り、ゴミがほとんど落ちていない。
アメリカで最もきれいで旅行者に優しいといわれている空港からは
年中スキーのできる富士山に似た山が見える。
「バラの町」と、その美しさを讃えられているポートランド。
山々から流れる水は、他に類を見ない上質の水となり
ワイン作りに、人々の生活に潤いを与えている。
また、
ピュアな水が、必要な半導体の生産に適しているので
アメリカの半導体メーカーはもちろん、
日本の企業もこぞってオレゴンにやって来た。
会社の進出に伴ってやってきたのは日本の家族、
お父さんとお母さんと、子どもたち。
日本の文部科学省から校長先生が派遣され、先生たちは現地の採用
アメリカにあって日本の教育をする学校。
教科書も教材も日本のもの、使われている言葉も日本語だけ
アメリカに忽然と現れた日本人社会。
それが生徒数300人のポートランド日本人学校。
ムツゴロウさん来校
運動会
高校生と野球
こわい話
昼ごはんのひと時
戸外授業
外務省視察
恋の相談?
学芸会
ケンカ
席替え
終業式
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背景は、バラの都オレゴン州ポートランド市と
富士山を思い出させてくれるフット山(Mt. Food)





